
Last Update 2006. 7. 1 Since 2006. 6. 1
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日本の歴史区分 |
世界の歯科事情 |
日本の歯科事情 |
長崎の歴史と歯科事情 |
| <旧石器時代の歯科事情> 宗教的、装飾的、他の部族への威嚇的理由のために、歯を抜いたり歯を削ったりする習慣がありました。 |
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| <縄文時代の歯の事情> 前期縄文人は現代日本人よりもむし歯は少なかっようですが、歯の摩耗が多かったようです。 縄文中期以降は逆にむし歯が増え、歯の摩耗が減少してきました。これは軟かい食物を食べるようになったからです。 この時代も歯を抜く習慣がありましたが治療の目的ではありませんでした。 |
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| <弥生時代の歯の事情> 弥生人は縄文人以上にむし歯に苦しめられていました。「お歯黒」の習慣が始まりました。 |
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(3世紀中期〜6世紀頃) |
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(710年〜794年) |
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| <平安時代の歯科事情> 朝廷においてのみ、歯科治療が行われていました。歯痛を抑えるために穿刺を繰り返したり、お灸をすえたり、抜歯も行いました。時に加持祈祷が行われました。民間では、巫女が治療を目的として抜歯を行った記録があります。平安末期には口腔清掃の手段として、うがいが行われました。この時期朝廷医と丹波康頼が活躍しました。 |
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| <鎌倉時代の歯科事情> 朝廷や幕府の中では、口歯咽喉科が歯科治療を行っていました。僧医は庶民の間で医療や慈善事業を行いました。歯の清掃道具として歯木(楊枝)が登場しました。この時代の歯科治療は抜歯が重要でした。女子の風習だったお歯黒が男子にも見られるようななりました。 |
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| <室町時代の歯科事情> この時期に朝廷では、丹波家が口科専門医てして確立していました。歯の清掃道具として歯木(楊枝)が一般的になりましたが、歯磨きという概念はありませんでした。男女共にお歯黒の風習がいよいよ盛んになりました。 |
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| <戦国時代の歯科事情> 口科専門医の祖といわれる丹波康頼が朝廷で活躍しました。丹波一族は、このころから口中専門医家になり、その子孫は兼康家・金保家として江戸時代まで口中科を受け継ぎました。治療法は自家秘伝で一般庶民に広まる事はありませんでした。 |
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| <安土桃山時代の歯科事情> 安土桃山時代末期にはそれまでの口歯咽喉科から口中科が確立されましたが、朝廷の内部に止まっていました。この時代以降、仏像彫刻家が義歯を作るようになりました。これは仏像の製作を作る機会が減った事と関係があるようです。彼らを義歯作りを専門とするようになりました。 男子のお歯黒はすたれて行きましたが女子のお歯黒は後世まで続きました。 この時代初めて西洋医学が日本に直接入ってきました。 |
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| <江戸時代の歯科事情> 朝廷では丹波家、幕府では丹波家の流れをくむ金保家が代々口科専門医として活躍しました。平安時代から続く口中科の医学知識は、朝廷や幕府の内部に止まっていました。 房楊枝と呼ばれる歯ブラシが使用されるようになりました。一般庶民の歯科治療は本道医(内科医)や金創医(外科医)が行っていました。その他に歯医、歯医者、牙医、口中医師、歯薬師などと呼ばれる医師たちが、下級武士や一般庶民の歯の治療に当たっていました。 こういった医師とは別に全く医師でない香具師(歯抜師、入歯師)という人たちも歯の治療を行っていました。 江戸時代前半までの治術方法は、現在の治療方法と違い、@薬物の内服や塗布、A手術として刺針法や抜歯、焼灼法、などが応用されました。直接むし歯に対して積極的に治療を試みることはありませんでした。西洋の歯科技術に比べれば劣っていましたが、義歯と抜歯に関しては優れていました。 木製入れ歯が登場しましたが作ったのは入歯師と呼ばれる人々でした。 |
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| <明治時代の歯科事情> 海外より外国人歯科医師が渡来し、日本に近代歯科医療が伝わりました。外国人歯科医師の中には日本で開業する者、日本人弟子をとる者が現れました。日本から海外に留学する者もいました。 国は歯科医療の重要性をあまり認識せず、医療・教育はもっぱら民間で行われました。 江戸時代から続く入歯師、歯技師などの口中科が正式な歯科医師免許を取得せずに診療していたため、歯科医師の業務を圧迫していました。明治の後半なってやっと歯科医師の身分が確立しました。 |
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| <大正時代の歯科事情> 国がやっと歯科医療の重要性を認識してきました。医師が歯科医療を行う事が禁止され、歯科医療が医科から独立しました。まだこの時代非医師による歯科医療が続いていました。 |
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| <昭和戦前の歯科事情> 昭和になると歯科治療も現代と比較してかなり類似していました。各種法令が整備され、健康保険法も施行されました。 戦争の影響で、医療の国家統制が始まり、歯科材料が配給品となる一方、医師不足から一定の条件を満たせば、歯科医師に医師免許が与えられました。 医療は国家主義的な面が強くなりました。 |
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| 参考文献 | ■長崎県歯科医師会会史 第一編 会史篇纂特別委員会 |
| ■長崎県歯科医師会会史 第三編 会史篇纂特別委員会 | |
| ■歯科のあゆみ 青島 攻 ABC企画 | |
| ■日歯年表 日本歯科医師会 | |
| ■歯の歴史館 山田平太、新藤恵久 日本医療文化センター | |
| その他の参考文献 |